読み込む原風景

有村はじめ

幸せ 美しさ

 

人は幸福を求める権利があるし、幸福を得るために努力するべきだと思う。幸福なんていらないっていう人は無知かマゾだ。まず幸福の定義とはなにか? ストレスなく恵まれていること。相対的に恵まれていることも幸福のうちに入るけど、毎日楽しく生きられることが幸福で、足るを知るほど幸福に近づける。人は幸福を求めて努力するべきだ。

 

俺はすでに幸福だけど、さらに幸せになりたいと思う。なにも知らないまま、不幸なまままで死んでいくのは嫌だ。自分が幸せになるためなら人を欺いてもいいと思うけど、できれば身の回りの人も幸せになればいいなと思う。

 

しかし幸福を嫌う人もいる。不幸な自分が好きだという人もいる。そんなやつはほっとこう、そっとしとこうと思う。クビにロープ巻きつけて勝手に生きてればいいと思う。そして死ぬときに、ああ自分はなんて不幸な人間だったんだろう、なんて不憫な人生だったんだろうと感じながら死んでけばいいと思う。どうでもいい。それも一種の幸福だから。

 

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思い出は美しい。美しいものが作りたい。美術の歴史をふまえて、自分が表現すべきものを表現するのも正しいけど、俺はただ美しいだけのものが作りたい。なんでだろう? 視覚的な美しさを追い求めれば、自然と抽象画に行き着くんだけど、俺の表現したい美しさはそれではない。懐かしい記憶をただ克明に記録しただけでは美しくない。そもそも美しい記憶とはすでに脚色されているので、表現にも脚色が必要だ。自分の理想が必要だ。理想の世界をリアルに表現しなくちゃいけない。過剰に表現しなくちゃいけない。過剰に表現することではじめてリアルな美しい思いでを表現できる。