読み込む原風景

有村はじめ

幸せ 美しさ

 

人は幸福を求める権利があるし、幸福を得るために努力するべきだと思う。幸福なんていらないっていう人は無知かマゾだ。まず幸福の定義とはなにか? ストレスなく恵まれていること。相対的に恵まれていることも幸福のうちに入るけど、毎日楽しく生きられることが幸福で、足るを知るほど幸福に近づける。人は幸福を求めて努力するべきだ。

 

俺はすでに幸福だけど、さらに幸せになりたいと思う。なにも知らないまま、不幸なまままで死んでいくのは嫌だ。自分が幸せになるためなら人を欺いてもいいと思うけど、できれば身の回りの人も幸せになればいいなと思う。

 

しかし幸福を嫌う人もいる。不幸な自分が好きだという人もいる。そんなやつはほっとこう、そっとしとこうと思う。クビにロープ巻きつけて勝手に生きてればいいと思う。そして死ぬときに、ああ自分はなんて不幸な人間だったんだろう、なんて不憫な人生だったんだろうと感じながら死んでけばいいと思う。どうでもいい。それも一種の幸福だから。

 

・・・

 

思い出は美しい。美しいものが作りたい。美術の歴史をふまえて、自分が表現すべきものを表現するのも正しいけど、俺はただ美しいだけのものが作りたい。なんでだろう? 視覚的な美しさを追い求めれば、自然と抽象画に行き着くんだけど、俺の表現したい美しさはそれではない。懐かしい記憶をただ克明に記録しただけでは美しくない。そもそも美しい記憶とはすでに脚色されているので、表現にも脚色が必要だ。自分の理想が必要だ。理想の世界をリアルに表現しなくちゃいけない。過剰に表現しなくちゃいけない。過剰に表現することではじめてリアルな美しい思いでを表現できる。

 

 

 

 

やりたいこと

 

売れる絵を描くなんてつまらない 本当の幸福とはやりたいことをやってるときに得られる 描きたい絵を描くこと つまんない絵を描いてもしかたない やりたいことだけやるのが一番いい 他人にどう思われるかどうでもいい 俺の知ったことじゃない ただ幸福になりたい やりたくないことやってる暇はない やりたくないことやって人生終わるなんてたまったもんじゃない 俺は好きなことだけやる たまに嫌いなこともしたほうがいいけど、面倒だからできるだけやらない

 

 

ひかり


金沢21世紀美術館で開催されていた、名和晃平さんの「FOAM」という展示がとてもよかったです。青いライトの灯った薄暗い空間に、大きな泡の塊が置いてある。部屋は少し寒くて、目がチカチカする。

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1772


美しいものがつくりたい。妥協せず、自分が思う美しさを追求するのもありかもしれない。今は風景の絵を描いていて、パソコンでの仮塗作業をしているのですが、あまりよくありません。

よく晴れた日、カーテンの隙間から差し込む光が絨毯に作る淡い長方形とか、絵よりも美しいんじゃないかと思う。シャボン玉の薄く虹色に光る感じとか。光とか反射って美しいな。

定まらない

 

最近はメンタルが不調なので、むしゃくしゃしたり、虚しくなったり、落ち込んだり、疲れたり、ぼーっとしたりを繰り返している。晴れの日が続いていたので陽に当たると気持ちいけど、晴れの日ばかりも飽きるので雨でも降らないかなと思ったら今日は少し雨が降っていた。

 

絵の仮塗りがだいたい終わった。けど色と形は揃ったけど、まるで傀儡人形だけ用意して魂が宿ってない、みたいな感じで何かが足りない。その何かがなんなのかうまく掴めない。。。

 

山本耀司さんの創作哲学やファッションに憧れと共感を抱いていて、2ヶ月くらい前から髪を伸ばしている。

 

いったい俺はこの絵で何を描こうとしてるんだろう。ただ切ない雰囲気が表現したいだけなのか? もちろん違う。うまくテーマが定まらない。もう少し時間がかかりそうだな。

 

・・・

 

たしかに評価されたいと思う。より多くの人の心に響くものが作りたいと思う。けど本当に美しいものが作りたいとも思う。多くの人に響く絵が必ずしも美しいとは限らないけど、圧倒的な美しさで全員黙らすくらいの作品が作りたい。俺が無口になにも語らなくても、絵が俺の手元を離れて人の心を深く抉ったらいいな。